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『瞳の奥の秘密』(2009年、アルゼンチン)




 本年度アカデミー賞外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画。刑事裁判所を退職したベンハミンは、25年前に起こった殺人事件を題材に小説を書こうとし、かつての上司だったイレーネを訪ねる。事件の回想を交えながら小説を書き進めるなかで彼が辿り着いた事件の真相とは?

 『瞳の奥の秘密』は、妻を殺された銀行家の男・リカルドの”愛”が推進力となって物語が進むが、「冷めない愛はない」「永遠の愛?なにそれ美味しいの?」と考えている自分にとって、彼がつらぬいた”愛”ほど自分の心を揺さぶったものはないだろう。愛とは思うだけでなく、見つめるだけでなく、行動することだ。訴えることだ。犯人を見つけ出そうとするリカルドの姿を見たベンハミンは「あれこそ真実の愛だ」と感銘を受け、一度は”解決されたことになった”殺人事件を、再び調査することになる。そして発見、逮捕。収束するかのように思えたが、それからの展開は、全く予想できないものだった。

 妻を殺され、彼の人生における時間が止まってしまったからこそ、妻への愛も永遠に、”その時間に”凍結されたのだろう。だからその愛が終わりを迎えることはけして無い。相手に告白しなければ片思いが終わることがないことと同じように。だがリカルドの場合は、皮肉ともいえるが、悲劇を経験したことによって、思いがよりいっそう強固なものとなった(愛と憎悪が手を結ぶと実に厄介だ)。そしてベンハミンが辿り着く真実、「まさか」が「やっぱり」にシフトした瞬間の衝撃といったら!いや、カタルシスといっても差し支えないかもしれない。正直なところ自分は、この映画を見て、これまで経験したことのないような名状しがたい涙が出た。”素晴らしい”でも”可哀想”でも”悲しい”でも”美しい”でもない。リカルドのこれまでの一つ一つのセリフ、行動がラストシーンへと収斂され、”感情を形容することを許さない”のである。真実の愛と呼んでいいものを、自分は初めて見たような気がする。

 『瞳の奥の秘密』はシビアな事件を描写しているが、箸休めと言わんばかりのユーモアも挿入される、なかなか意外性のある映画だ。老けメイクも違和感ない。イレーネが男の視線で本質を見抜き、一芝居打つシーンも見事。そして特筆すべきは、やはりサッカー場のシーンだろう。空撮からのワンカットの撮影は、「いったいどうやって撮ったんだ?」と誰もが驚かずにはいられないような、超絶技巧を見せてくれる。

 絶賛しているように思われるかもしれないが、必ずしも頭からつま先まで面白い映画というわけではない。それでも2日3日続くような深い余韻を味わえるし、咀嚼する価値のある一本だ。何より、言葉を喚起させてくれる。映画ファンはこれを見ずして何を見るというのでしょうか。

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