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イエスタデイズ

 
 ガンに侵され余命幾ばくもない父親に、昔の恋人探しを頼まれた息子のサトシ(塚本高史)。ほとんど情報がない状態で探している中、彼の目の前に現れたのは22歳の父親とその恋人だった――と、もとは画家志望だった父親の描いたスケッチブックが触媒となって過去へとタイムスリップするというSF的ギミックが用いられており、大嫌いだった父親の過去を知ることによりサトシは父親という人間を序々に理解し、さらには自分の進むべく道を発見するのだが、母と娘の愛情を描く作品が多いなか、こういった父と息子の愛情とも友情ともつかない父子の繋がりがテーマとなっているものはわりと珍しいので嬉しいところ。自らの父親にあまり良い印象を持っていない男性こそ見て欲しい映画かもしれない。

 冒頭、元・恋人の捜索を依頼されたサトシが「期限は?」と父親に質問して、父親が「1ヶ月から3ヶ月」と答えるシーンがあるが、それは同時に父親の余命を表している。ただ捜索期限を聞いただけなのに結果として余命を聞くことになってしまったサトシの、その瞬間の「しまった」という表情と「もうそれだけしか時間が残されていないのか」という困惑したふたつの表情が見て取れる、本作でも秀逸なシーンのひとつだ。自分はもうこのシーンで、ああこの映画、安心して観られると思った。

 22歳の父親に会い、友人として会話を重ねることで自分がそれまで抱いてた父親のイメージが少しずつ変わり、親しみを持つようになってくる。だがしかし、自分には到底信じられないような行動を父親が取ろうとすれば「思ったとおりのやつだった!」と憤慨し、罵倒する。タカシの「あいつ実はいいやつかも」という期待と「やっぱり悪いやつだ」という失望、それらの心情の起伏を描き観客にも共感を抱かせるが、どうも安定しないのは、たとえ肉親であっても人が人を理解することは難しいからだろう。それでも、多くは会話によって、人は歩み寄れるものだというストレートなメッセージが集約されるラストシーンには肺腑を衝かれた。話せば分かるなんてうそだけれど、話さなくちゃ分からないこともたくさんある。「お前は大丈夫だよ」と言ってくれる人間の有難さと偉大さを思う。

 全ての素材がほとんど無駄なく使われているところを見ると、監督はまた相当な”料理人”と言えるかもしれない。それは「ナイキ」の靴に象徴され、前半、22歳の父親がサトシの履いているナイキの靴に「これはニケって読むのか?」などと突っ込むシーンから父親がこの靴に興味を持っているということを観客に認識させておき、後半、その22歳の父親がちらりと目をやったナイキの靴を再び「ニケ」と呼ばせるが、しかしそこにおいては観客の思考の斜め上を行くようにその「ニケ」に「サモトラケのニケ」の意味を持たせ、彼の恋人の女神性を会話の流れの中に無理なく取り入れると同時に、その「勝利の女神」がもたらす未来を暗示させることに成功している。サトシにとってそれは全く勝利ではなかったかもしれないが、父親にとっては、皮肉にも、というべきか、やはり勝利の女神だったのだろう。ナイキのロゴマークが金色となっているのもまたニクイ演出。っつーかナイキごときに深読みしている自分っていったい?

 なるたけ説明的なせりふを避け、BGMも控えめの静かな映画。残念ながらあまりヒットしなかったようだけれど、芸能事務所が絡んでいるわりには相当優秀な作り。映画好きの人には見て欲しい一本だ。ぜひ。

http://www.yesterdays-movie.com/


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