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World's Greatest Dad(2009)*日本未公開


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 これまで書き溜めた小説の出版を夢見る高校教師のランス・クレイトン(ロビン・ウィリアムズ)は、気難しい15歳の息子・カイルがいた。彼の趣味はパソコンゲームだけ。音楽には一切興味なく、友達も一人しかおらず、学業もサッパリで素行も悪く、校長からも問題視されていた。そんな彼には、ネクタイを首にキツく縛りながらマスターベーションするというなハードな性癖があった。ある夜ランスはカイルが行為中に死んでいるのを発見する…。

 人生いろいろ、死に方いろいろ。そんなのは当たり前のことだけれど、あのような死に方ほど不名誉なことはないだろう。ランスはカイルがさも自殺したかのように見せかけるため工作し、死体を吊り上げ、遺書も作る。

 するとどうだろう。遺書の詩的な内容から学校中の人間がカイルの意外な人間性を知る運びとなり、心を動かされ、カイルのシンパがあちこちで生まれ、ちょっとしたムーブメントが起きる。カイルの”遺稿”という本までついには出版される。もちろんそれは、ランスが長年出版社にボツにされ続けた本だ。死人に口無し、ランスの手練手管でカイルは次第に神格化されていく。カイルが死んだことによって、皮肉にもランスの人生は上手く回り始めるようになったわけだ。

 この映画はブラックコメディーにカテゴライズされるのだと思うけど、こんなアイロニカルな映画は久しぶりで、快哉を叫びたくなった。実に面白い。大衆心理をよく理解しているというか、ある事象の背景に”物語”を用意することによっていかに私たちの心が誘導されやすくなるかを非常に分かりやすく描いている。テレビがしばしば行っているような印象操作と構造は同じかもしれない。私たちは”物語”に弱いし、そこに「共感」や「同情」を誘う何かが組み込まれているとますます抗し難い。

 ランスが真実をぶっちゃけたときの、皆の、鳩が豆鉄砲をくらったような表情といったらもうたまらず、思わず笑みがこぼれそうになった。最低、信じられない、裏切られた、騙された・・・雁首揃えて、何も言わずとも罵倒の声が聞こえてきそうな表情。でもどうだろう。遺書の内容を、本の中身をそっくりそのまま信じたのは、信じることを選んだのは、結局自分たちなのだ。そこにあるものを疑いもせずに享受することを望んだのは、結局自分たちなのだ。

 息子の死という究極のトラジェディーを扱いながら、不謹慎さを感じさせず見事に人間批判してみせた稀有なブラックコメディー映画だ。どのような場合であれ懐疑心や批判精神を持ち続けていたい。日本公開がないのが残念!





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 『Si può fare』――『やればできるさ』は、左遷された元・労働組合員のネッロと精神病院への入院経験がある元・患者たちが一体となって新しく事業を立ち上げ、理想に向かいながら周囲の偏見も払拭させていくという、1980年代のミラノで実際にあった話を基にした映画。ともすればマジメな映画になりそうなものをユーモア多めに味付けして笑いが絶えることはない。

 それだけでも十分面白かったが、あくまでコメディタッチ、あくまで笑いというオブラートに包みながらも、主張や告発めいたものをときおり大胆に、分かりやすく観客に提示する点は本作の優れている点の一つだ。たとえば薬物の問題。すでに退院しているにも関わらず医者の指示で薬を摂取し続けている患者たちの様子を見て、ふと『彼女の名はサビーヌ』のことを思い出した。あれは怖い映画だった。

 フランスの女優、サンドリーヌ・ボネールが自閉症の妹・サビーヌを追ったドキュメンタリー映画がこの『彼女の名はサビーヌ』なのだが、精神病院退院後の妹の、あまりに変わり果てた姿に驚かされた。彼女は誤った診断のまま精神病院に入院させられたうえに薬物を過剰に投与され続け、その結果5年間で30kgも体重が増え、よだれや体の震えを起こすようになっていたのである。一体それらの薬物は何のための薬物だったのか?明確な説明はなく、いや、だからこそ、入院前のサビーヌの活発な姿と、退院後のサビーヌの生気の感じられない空ろな目との対比が際立ち、精神病院という場所の不気味さ・不可解さに恐怖を抱かせる。それと同時に、正確な診断もしていないくせして薬漬けにするなど人権侵害も甚だしいと、怒りを覚えさせる。

 『やればできるさ』に話を戻すと、元・患者ということもあって与えられる薬物はさすがに”大量”ではないのだが、それでもネッロが話を聞けば、「夜7時に寝ないと起きられない」「性欲がわかない」etcとの答えが返ってきた。その事実を知ったネッロは憤慨し、医師に薬をやめさせてくれと直談判する。だが医師は「あいつらはアブナイから」という理由でネッロの提案を受け入れようとしない。そこでネッロは署名を集め、医師を辞めさせることに成功。薬物の摂取から解放された元・患者たちは体調がみるみる良くなり、ついには性欲に目覚める。このくだりはとても笑えるのだけれど、やたらと性に明るい様子は感動的ですらある。

 精神病のことはよく分からないものの、とりあえず閉鎖的な空間に閉じ込めて薬を投与し続けることが精神衛生に良いはずが無い、いや少なくともそれが改善への途となるはずがない、という程度なら自分にだって分かる。ネッロは彼らを閉じ込めることはせず、積極的に外へ連れ出した革新者であった。歴史的に精神障害者を”狂気”と位置づけてきた日本、そんな日本が世界一の精神病国家という不名誉から脱するには、専門家ではないネッロのような革新者が必要なのかも。

 
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